パックス・モンゴリカ ジャック・ウェザーフォード
歴史書や歴史小説に関してはいろいろ読み漁っているが,新しい知識があるととてもうれしい.
世界史を学ぶなら,この本は必読であろう.
パックス・モンゴリカ―チンギス・ハンがつくった新世界 ジャック ウェザーフォード
久々に面白かった.
チンギス・ハンの物語は何冊か読んだことがあるが,どのようにモンゴル帝国が成立していったかに関して俯瞰的にこの本ほど分かる本はなかった.
さしづめ,塩野七海が書いた「ローマ人の物語」のモンゴル人版というところか.
ただし,こちらは一冊で比較的簡潔にまとめてある.
モンゴルという国のことを知らない人は多いと思うが,私自身,旅行で行ったことはあっても,ここまで詳しい歴史は知らなかった.
モンゴルのすごいなと思ったところを列挙してみる.
モンゴル拡大時
- 倒した族の孤児となった子どもを自分の弟として受け入れた.
- 略奪を禁じて殺された味方兵士の未亡人と孤児に分け前を下付.
- 君主すら例外としない万人に対する絶対性を持つ法律を制定.
- 宗教の自由を認めた.
- 軍隊(千人隊・万人隊)の隊長の息子とその親友で,ハンの近衛兵を組織.
- 近衛兵に行政官としての教育を施し,幹部となるよう育成.
政治的に対立するほどまとまっていなかったからという理由もあるだろうが,宗教の自由を認めたというところはすごい.
有力な家臣の師弟を預かって直々に教育するというのは日本でも行っていたことであるが,自然なことなのだなと感じた.
軍隊
- 騎兵のみで構成される.
- 兵站の隊列を伴わない.
- 予備の馬をつぶして食べ,粉ミルクを水に溶かして飲む.
- 炭水化物の女真族より乳製品のモンゴル兵は歯も骨も強く,1,2日何も食べなくても平気.
- チンギスハンは自分のために死ぬことを部下に求めず,戦で優先したのはモンゴル人の命を救うこと
通常,軍隊の行軍スピードというのは勝敗を決める上でもかなり重要な要因となってくるが,兵站を伴わないというのは他の軍隊にとっては脅威以外の何ものでもない.
三国志でも曹操が袁紹を破った「官渡の戦い」では袁紹の兵糧庫を炎上させたことが直接の勝因であり,川中島の戦いで謙信が武田軍の炊事の煙で奇襲を見破り,戦いを優位に運んだという話もあり,石田三成の出世も戦時の兵糧の手配が巧みであったという話もあり,兵糧・食事というのは勝敗を左右する重要事である.
また,命を救うことが優先される軍隊が世界最強軍隊であったという事実は知っておいた方がよい知識だろう.
クビライハン(フビライハン)の宋攻略と政治
- チンギスハンが武力で征服できなかった中国(宋)統一を成就したのは,世論を巧みに操作して,人々(民衆)を味方に引き込んだから.
- 中国人(漢民族)より,もっと中国人らしくなることで中国の覇権を握った.
- モンゴルは宋に対して軍事的圧力を加え続け,ささやかな勝利を得るたびに天はモンゴルに未来を託し,宋を見捨てたという思想が広まった.
漢民族というのは自分達の暮らしぶりがよければ,上(支配層)にどんな民族が来てもうまくやっていけるという興味深い民族だなあと感じた.
- 三十年で処刑は2500人未満.(中国やアメリカのような現代国家の平均数をかなり下回っている.)
- 証拠無しの拷問は禁止.
- 無給の役人が賄賂をもらって事務処理していたのを有給に変更.
- 紙幣を取り入れ,自己破産も1回は認めた.
パックス・モンゴリカ
モンゴルによる支配はかなり合理的なものだったようだ.
- 元は宋の5倍の大きさで様々な民族を抱えて運営.
- ポーランド,エジプト,ジャワ,日本の内側は徹底的な征服を受けて,従来とははっきり異なる種類の統治に根本的な順応を強いられたが,その一方で一世代の間,平和を享受し,商業・技術・知識の面で空前の爆発的発展を遂げた.
- 征服した世界を軽やかな足取りで歩んだ.
- 建築様式を持ち込まない.
- 言語や宗教を押し付けない.
- 場違いな穀物栽培を強要することもない.
- 通訳,書記,医者,占星術師,数学者,楽士,料理人,金細工師,曲芸師,画家を一族に分配する形で全土に分け与えた.
産業・文化
ルネサンスの三大発明といわれるものは実は中国で発明されたものがモンゴルの交易によって伝わったものである.
十字軍によってヨーロッパの文明が進んだのと同様なことか.
発祥地より伝来地の方がうまく発展させるというのは何か訳があるのだろう.
日本も発展させるのがうまいのは伝来地だからであろうか.
- 農業は地域の気候・土壌・水はけの状況に最も適したことが証明された作物を栽培することを奨励.
- 文化を移動可能なものにした.
- 東洋と西洋の医学の技術交流.中国の脈診は中東やインドのイスラム教徒に大人気.
印刷所も大いに普及させた.- 印刷技術・火薬・羅針盤は近代世界の基礎となる技術革新(ベーコン)であるが,モンゴルが西洋に広めた.
- 紙幣・教会に対する国家の優位・信教の自由・外交特権・国際法など,モンゴルではごく当たり前の原則がヨーロッパでは新たな重要性を帯びる.
崩壊
ここまで成長したモンゴルが崩壊した引き金を引いたのは,この国を発展させた交易だったというのが皮肉でしかない.
とにかく,交易・文化交流を進めることはよいことが多い反面,こういうことに弱いという裏表がある.
- 1232年に腺ペスト「黒死病」という疫病でモンゴルの夏の都は大混乱.
- 十三世紀初頭 1億2300万人いたのが,十四世紀末で6500万人減り,中国から隅々まで蚤を媒体として広がっていった.
- 1350年冬までにグリーンランドにまで達した.ヴァイキングを滅亡に導いた重大な要因でもあった.
- 交易で成り立っていたモンゴル人は疫病によって交易の途絶えにより,没落していく.
- 王室の分家も臣下の宗教と結びつき,中国のモンゴル王家はチベット仏教と結び付きを強め,中国人の反感をかう.
今に繋がるチベット問題のもともとの要因はここから来ているのかと合点がいった.
とにかく,いろいろ勉強になる本だった.
廃刊になっているのが惜しい.是非復刊させるか,電子書籍化して欲しい本だ.