沙中の回廊 宮城谷昌光
もう,8年も前に買った本だが,久しぶりに読んだ.
晋の名君,重耳の一家来であった士会が正卿になって引退するまでを書いている.
(正卿とはその国の最高指導者のことである.)
中国史上では私はこの本の主人公「士会」の生き方に一番,共感を持っている.
正卿である趙盾の私命で(正式な手続きを経ずに)秦に公子雍を迎えに行かされる.
しかし,趙盾はその後,幼い太子を立てることに変更し,公子雍を晋に連れてきた秦を攻撃するという無礼極まりないことをする.
それで士会は秦君や公子雍を裏切ることになってしまったことに対する詫びと,趙盾に対し,最大限の批判をするため,秦に亡命することになる.
この進退の潔さが素晴らしい.
秦の康公とのやり取りも君主と臣下の模範のような間柄で,さながら劉備と孔明のように思えた.
郤缺の策により,晋に戻される場面も無理をしない士会の態度がすがすがしい.
秦の康公の士会の家族を返した態度も立派なものである.
楚との戦いで負け戦になった時に,殿を行って見事な退陣を果たした時はさながら小牧長久手の戦いの「堀秀政」のようで,まさに戦巧者というにふさわしい.
ちなみに,日本では脚光をあまり浴びていない堀秀政という武将であるが,「名人久太郎」といわれたことからも分かるように何でもそつなくこなし,忠義を重んじる性格という部分も士会と似ている.
この人を主題にした歴史小説を知らないが非常に興味深い人物である.
病気で若く亡くなったのが惜しまれる.
もともとは武人としての武術の達人として書かれていて,文公(重耳)の車右になったりもしたが,だんだん戦術にも頭角を現し,また,秦への亡命など政治的なセンスも一流となっていった.
最後の方で「士会」が正卿になった際には,「とたんに晋国にいた盗賊が逃げ出して秦へ奔った」とある.
こんな政治家がいるものか?
士会はこの後,法を整備していく.
進退には無理を伴わず,的確な判断が出来,文武両道でしかも頂点を極めている.
まさに,人間こうありたいという鑑のような人である.