巨いなる企て 堺屋太一 (企画者の引き際)

書評
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もう10年以上前に読んだ本だが,テレビで「道頓堀をプールにする」といっていた堺屋氏を見て,久しぶりに読みたくなって本棚を探して読んでみた.

当時,「信長の野望インターネット」というネットゲームにはまっていて,よくやっていたのだが,その時に友達になった人達との雑談の中で紹介されたのがこの本だった.
私自身も筋金入りの歴史好きと思っていたが,ここに集まっていた人の中にもかなりの歴史好きがいて,その人たちとは歴史物の読書談義をゲームそっちのけでしたものだ.

その際に紹介された本のうちの一つが,この

巨いなる企て (上)


巨いなる企て (下)

それまで有名な歴史小説家ばかり読んでいたが,そうでない人でも面白い本を書く人がいると思ったものだ.
そして,同年代(20代)でこういう本を既に読んでいる人がいることにびっくりした.

内容的には石田三成が徳川家康と関ヶ原の戦いを起こすまでを描いたものであるが,戦いの手前で終わってしまうところがまた良い.
教科書に載っている歴史の一事実として「関ヶ原の戦い」を知れば,そういう戦いも起こるわなと思ってしまうが,よく考えたらとんでもないことなのである.
当時の一流大名である徳川家康を相手に一官僚が戦を起こしたのである.
唯一対抗できると思われた前田利家が倒れ,順当にいけば,次は上杉か,毛利かというところであり,上杉が立ち上がるのはある意味歴史の必然とも思えるが,毛利を中心に戦を起こさせた石田三成のマネージメント力というのはたいしたものである.

そのマネジメントがどのように行われたのかを中心に書かれている.

20代の時はまだ企画をやっていなかったので,「堺屋という人は面白い歴史小説を書くなあ.石田三成は確かにすごいわ.」というぐらいの感想しかなかったのだが,仕事で多少の企画をやって40過ぎた今になって,ズンと心に響いた文章があった.
それは下巻の p.444 の大谷吉継が石田三成に語った部分である.

事業創造者は総合調整者や設計者を兼ねてはならない.まして実施者などになろうとするのは絶対にいけない.

これ全くその通りなのである.理由はその後ろの文章にある.

 事業創造者は,その事実に対して夢と誇りを持つものだ.苦しい事業創造の期間に,事業のデザインを描き,やり方を考える.自分を勇気づけるためにも他人を説得するためにも,そうせざるを得ない.だが,このために事業創造者が実施段階に参加すると自分の描いたデザインや考えたやり方を押し付けようとする.つまり,その地位の上下にかかわらず,独裁者的になるのである.そして,それが通らないとき,彼は同僚に対する厳しすぎる批判者になって行く.
 同時に,事業創造者が持つ創造者としての誇りが,彼をして高慢にし,横柄にすることも多い.この事業を生み出したのは俺様だ,という自負とそれまでの辛苦が,事業決定後に参加した「苦労知らず」の上役や同僚に対する優越感となるからだ.
 当然,これは他の人々の不満と反感を招く.事業に参加した人々は,事業創造者を敬遠し,彼の考えたデザインとやり方から何とか遠ざかろうとする.それが新参者の自己主張なのだ.そしてそれがまた,事業創造者の不満となり苛立ちとなり,やがて上役・同僚に対する嫌悪感となるのである.
 不幸にも,関ヶ原合戦に至る天下分け目の大戦争で,石田三成はこの不運な道を歩む.
 事業創造者にして,総合調整者や計画・実施者を兼ねることが許されるのは,ただ一人,上役も同僚をも持たない当該事業の最高権力者だけである.「天下盗り」という巨大事業を推進していたもう一人の主役・徳川家康には幸いにもこの立場にあったのである.

この文章は秀逸である.この事業創造者とは企画者のことである.
サラリーマンで企画をやっている人は特に肝に銘じたほうがよい.細かい仕様は現場の人に任せるべきなのである.
そして,できるだけ現場に立ち入って「ああだ.こうだ.」は言わない方がよいのである.
これが許されるのはワンマン社長だけだ.

昔でいうと,軍師は目立ちすぎると妬まれるので,さっと引退する人が多いが,まさにこのことだと思う.
孫子の兵法で有名な孫武や孫臏は両者とも途中で引退している.日本では黒田如水もそうだ.

とにかく企画者は引き際が大事である.

この大谷刑部が石田治部にしていた「安芸中納言(毛利輝元)か備前宰相(宇喜多秀家)を上に立てお主は影に徹せよ」という話は有名であるが,私がこの人を戦国時代で一番好きな武将としている理由でもある.
秀吉には「100万の軍勢を与えて、自由に軍配を指揮させてみたい」といわせたといわれているし,まさしく文武両道の名将である.
病気がかなり進行していたとはいえ,関ヶ原で亡くなってしまったのは本当に惜しいことだ.


巨いなる企て (上)


巨いなる企て (下)